テーマ:お母さんの闘病記

お母さんの闘病記

2004年4月18日 病院より「今後の治療方針に付いてお話したいので、ご主人が来て下さい」と言うので 弟が行く。  4階と2階の婦長と総婦長が、待っていて、「この度はどうも」から話は始まった。  先ず、お母さんは、五ヶ月しか此処には居られないという事。  「自宅介護はできない」と伝えると、介護施設を紹介してくれるらしい。 …
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母の所で

2008年8月17日日曜日  「もう二年に成るかねえ。」母が言った。  二年半前に大腿骨の付け根を骨折して、島田病院へ行った日からである。  2月6日だった。  それから聖マリア病院へ送られ、神代病院へ転院し、今はサンダイヤルに居る。  結局あのまま家に帰ってない。  そんな時間が分かるって事は、良く成って来ているのだ…
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母のところへ行った

2009年3月15日日曜日 母の所で。 2時間一人で母の相手をした。    2時迄六角堂のおせわに成り、そこから母の所へ送って貰った。  ヘルパーさんには直接母の所に迎えに来て貰った。  母はわたしを見た途端に泣き出した。  …
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 1月6日 日曜日  わたしは母の所へ行った。  何時ものように、先月半ばにガイドヘルパーさんを予約している。  この日は母の為にもう1人実費で雇っていて、母を施設から連れ出す予定になっていたのだ。  それで、この日はその予定を実行する事にした。  11時に老健に行き、母を連れ出し、夢タウンの前の『みのや』といううどんやで食…
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お母さんの闘病記

久し振りに書き込みします  タミーに買い物に行ったら、果物が一口大にカットされて、パックに詰めあわされて売っていました!! わたしびっくり    パイナップルとキーウイと、オレンジの詰め合わせにスイカのカットされたのを入れて持って行きました。  先ずそれを食べさせ、どら焼きを、食べさせ、大きな揚げ…
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お母さんの闘病記

2007年1月1日 お母さんの所へ行って来た  弟たちと一緒に私もついて行った。  母の足は随分しっかりしていた。  「何も食べさせて貰ってない。お腹がすいた。」と訴えて来る。  義妹が重箱に黒豆、きんとん、伊達巻を詰…
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お母さんの闘病記

 久し振りに書き込みしてます。  母は劇的に快復し、転院先として『うつ』が有るのため、診療内科のある所をさがしていたのですが、良さそうな老健施設が見つかり、丁度開きがあったので、早速8月28日に移りました。  とりあえず、良い所が見つかったと思っています。  9月3日の日曜日定休日だったので。早速合いに行って来ました。  看護ス…
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お母さんの闘病記

2006年5月3日 母は言葉が出るように成った。でも、日に寄って調子の良い日悪い日があるようで。今日は言葉は出なかった。 それでも、見に行った弟の事は分かっている。このまま穏やかなまま、快復していって欲しいものだ。
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お母さんの闘病記

2006年4月24日月曜日 弟がリハビリに連れて行ってくれた。帰りは家の妹がが迎えに来てくれる予定で。  ちょうど、ひと月振りのリハビリだった。こんなに間隔が開くことも今では珍しく無くなったのか、担当の先生はそのことには触れなかった。私も何も言わなかった。  リハビリの後母の側で迎えを待った。  母は静かだった。でも、顔に表情が…
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お母さんの闘病記

2006年4月23日日曜日 昼間弟がが着替えを持って見に行っていた。  様態は、相変わらず。部屋がICUから201号室に替わっていた。  夜7時にガイドヘルパーさんに迎えに来てもらい、母の所へ行く。  抑制された右手の中に手を入れると強く握ってきた。時々引っ張ろうとする。  私が握った手を揺らしていると、途中から母が揺らしてく…
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お母さんの闘病記

2006年4月22日金曜日 父が、かかりつけの医院へ診察を受けに行った帰り、母を見舞って来た。  午前中だったので看護士さんは皆忙しそう。説明を聞ける感じでは、無かった。  でも、リハビリ師が来ていて、足や腕の曲げ伸ばし等やっていた。 今日は女性のリハビリ師だ。 母はベッドの上で座っていた。背もたれも無く、手すりに捕まるでもな…
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お母さんの闘病記

2006年4月2日日曜日 面会者 弟 ひまわり 別々に家を出る。私はガイドヘルパーさんと12時に出発し、1時過ぎ喫茶室で待ち合わせる。1時20分頃ヘルパーさんには、そこで待ってもらい、弟と、NCUへ、1時半少し前入室。 母は声を出していなかった。腕も硬く成っていて、引き寄せる事は出来なかった。  精一杯手を伸ばして、手に触ったが…
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お母さんの闘病記

2006年4月21日金曜日 面会者 妹  誰がお母さんか分からなかった。名札を確認して、近づいて、やっと、お母さんと分かった。  「お母さん●よ」と、声を掛けると目を見開き少し笑ったような顔をし、次に眉間に皺を寄せ、顔をしかめた。それから口をモゴモゴさせる、何かしゃべっているようだが、聞き取れない。そしたら看護士が来て、「以前より…
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お母さんの闘病記

2006年4月4日火曜日 面会者 妹の携帯メールより  今日もお母さんは ぐっすり眠っていました。  やはり微熱があって氷枕で頭を冷やしてましたが、看護師さんは本当にわずかな微熱で状態も昨日と変わらずという事…  刺激を与えると意識は無くても目を開ける時もあるそうで、少しほっ…・どんどん声かけやスキンシップをして刺激を与えるのが…
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お母さんの闘病記

2006年4月7日金曜日 面会者 妹の携帯メールより  お母さんの微熱は相変わらず続いていましたが、吸入器も点滴もなく、お薬や栄養を胃に入れるパイプを、鼻に通されたお母さんが目を開けていました。  手をさすって「お母さんお母さん」と呼ぶと音に反応するのか黒眼をこちらに向けて…それが結構穏やかな表情なのです。  そしたら「刺激に対…
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お母さんの闘病記

2006年4月12日水曜日 面会者家の妹の話し お母さんは覚きていた。目をパチパチさせていた。 「お母さん、おかあさん、○よ、昨日は●姉さんも来てたよ。」 と、話し掛けていると、やって来た看護士さんが、「聞こえてますよ」と言った。 私が影に成ると、目をキョロキョロさせて探しているようだった。 これで帰ると云うと眉の間に皺を寄…
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お母さんの闘病記

2006年4月13日 お母さんが救急病院から近所のへ転院 父と家の妹が9時前自宅を出発 予定どおり病院を10時に出発し、次の病院へ CT等色々検査して、部屋へ、新しい部屋は二階の202号室 最初は院長先生が応対してくれていたが、救急車で誰かが運ばれて来たので、途中から他の先生に代わる 院長先生から「窓を絶対開かないようにする…
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お母さんの闘病記

2006年4月11日火曜日 面会者 妹からのメールより  ホッとしたのも束の間な日々に振り回されて疲れたね?あまりにドラマチックな展開の繰り返しに心も体もくたびれたよね?本当にお疲れ様だ⋯今日のお母さんはぐっすりねむって起きてくれなかった~!看護士さんから朝の間は目をパチパチさせたりキョロキョロさせて活発やったけどお昼の…
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お母さんの闘病記

2006年4月20日木曜日 面会者 父 行った時母は眠っていた由 婦長さんと少し話す。「今朝より今、一日の内でも進歩しています」 丁度リハビリの先生が来られ、てを、動かしてくれる。「結構柔らかいですよ」 腕をぎりぎり迄上げてみると、ある所から顔をしかめる、 「痛かとですよ」とリハビリの先生。 終わった後「痛かったか」と聞く…
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お母さんの闘病記

2006年4月19日 昨日伯母が、いとこと見舞いに来てくれていた。 2階の婦長さんが伯母の知り合いでかなり親しくしていたらしい。 そこで、それが分かり「私の妹なので」と話したら「できる、かぎりの事をします」といってくれた由。 今日家の妹が行くと母は寝ていて、起こしても起きなかった、寝たままの母を見ていたら、看護婦さんが二人も…
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お母さんの闘病記

2004年4月18日 病院より「今後の治療方針に付いてお話したいので、ご主人が来て下さい」と言うので 弟が行く。  4階と2階の婦長と総婦長が、待っていて、「この度はどうも」から話は始まった。  先ず、お母さんは、五ヶ月しか此処には居られないという事。  「自宅介護はできない」と伝えると、介護施設を紹介してくれるらしい。 …
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